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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)9201号 判決

②判決

全事件原告

日清商店こと田代力

右訴訟代理人弁護士

吉田之計

①事件被告

東洋建設株式会社

右代表者代表取締役

大西章

(手形上の記載専務取締役森田紀生)

右訴訟代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

手島康子

②事件被告

株式会社白石

右代表者代表取締役

白石孝誼

右訴訟代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

手島康子

③事件被告

住友建設株式会社

右代表者代表取締役

産本眞作

右訴訟代理人弁護士

松本伸也

右訴訟復代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

手島康子

④事件被告

株式会社アサカ

右代表者代表取締役

重﨑隆

(手形上の表示重崎隆)

右被告補助参加人

日本コア株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐憲博

右両名訴訟代理人弁護士

中田明

松村幸生

田島正広

⑤事件被告

株式会社朋栄

右代表者代表取締役

清原慶三

右被告補助参加人

日本コア株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐憲博

右両名訴訟代理人弁護士

中田明

松村幸生

田島正広

⑥事件被告

株式会社マックハウス

右代表者代表取締役

栗原勝利

右訴訟代理人弁護士

小川英長

右訴訟復代理人弁護士

村重慶一

⑦事件及び⑩事件被告

三菱建設株式会社

右代表者代表取締役

太田好彦

右訴訟代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

手島康子

⑧事件被告

三平建設株式会社

右代表者代表取締役

多胡文夫

右訴訟代理人弁護士

近藤節男

右訴訟復代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

手島康子

⑨事件被告

不動建設株式会社

右代表者代表取締役

市吉正信

右訴訟代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

手島康子

⑪事件被告

株式会社イチケン

右代表者代表取締役

浅野昌英

右訴訟代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

手島康子

⑫事件被告

宮原電子産業株式会社

右代表者代表取締役

及川寛司

右被告補助参加人

日本コア株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐憲博

右両名訴訟代理人弁護士

中田明

松村幸生

田島正広

⑬事件被告

大道エンジニアリング株式会社

右代表者代表取締役

金澤勅江

右被告補助参加人

日本コア株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐憲博

右両名訴訟代理人弁護士

中田明

松村幸生

田島正広

⑭事件被告

タカネ電機株式会社

右代表者代表取締役

簑原利憲

右被告補助参加人

日本コア株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐憲博

右両名訴訟代理人弁護士

中田明

松村幸生

田島正広

主文

一  原告と被告東洋建設株式会社間の大阪地方裁判所平成一一年(手ワ)第二六五号事件につき同裁判所が平成一一年八月二七日に言い渡した手形判決を取り消す。

二  原告と被告株式会社白石間の大阪地方裁判所平成一一年(手ワ)第二六六号事件につき同裁判所が平成一一年八月二七日に言い渡した手形判決を取り消す。

三  原告と被告住友建設株式会社間の大阪地方裁判所平成一一年(手ワ)第二六九号事件につき同裁判所が平成一一年八月二七日に言い渡した手形判決を取り消す。

四  原告と被告株式会社アサカ間の大阪地方裁判所平成一一年(手ワ)第二六七号事件につき同裁判所が平成一一年九月三日に言い渡した手形判決を取り消す。

五  原告と被告株式会社朋栄間の大阪地方裁判所平成一一年(手ワ)第二七〇号事件につき同裁判所が平成一一年九月三日に言い渡した手形判決を取り消す。

六  原告と被告株式会社マックハウス間の大阪地方裁判所平成一一年(手ワ)第二六八号事件につき同裁判所が平成一一年九月三日に言い渡した手形判決を取り消す。

七  原告と被告三菱建設株式会社間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第三五号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月二〇日に言い渡した手形判決を取り消す。

八  原告と被告三平建設株式会社間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第四〇号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月二〇日に言い渡した手形判決を取り消す。

九  原告と被告不動建設株式会社間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第三八号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月二〇日に言い渡した手形判決を取り消す。

一〇  原告と被告三菱建設株式会社間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第三六号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月二〇日に言い渡した手形判決を取り消す。

一一  原告と被告株式会社イチケン間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第四二号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月二〇日に言い渡した手形判決を取り消す。

一二  原告と被告宮原電子産業株式会社間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第四三号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月六日に言い渡した手形判決を取り消す。

一三  原告と被告大道エンジニアリング株式会社間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第三七号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月六日に言い渡した手形判決を取り消す。

一四  原告と被告タカネ電機株式会社間の大阪簡易裁判所平成一一年(手ハ)第三九号事件につき同裁判所が平成一一年一〇月六日に言い渡した手形判決を取り消す。

一五  原告の各事件被告に対する請求をいずれも棄却する。

一六  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

各事件被告は、原告に対し、左記の金員を支払え。

(①事件)

九七万八六〇〇円及びこれに対する平成一一年四月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員

(②事件)

1  一五一万九三五〇円及びこれに対する平成一一年四月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員

2  一〇〇万一七〇〇円及びこれに対する平成一一年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員

(③事件)

三五六万八〇二〇円及びこれに対する平成一一年五月五日から支払済みまで年六分の割合による金員

(④事件)

1  四三万〇三一六円及びこれに対する平成一一年五月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員

2  九四万二三四一円及びこれに対する平成一一年六月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑤事件)

四一一万三三二五円及びこれに対する平成一一年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑥事件)

1  被告は原告に対し二一〇万円及びこれに対する平成一一年三月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員

2  被告は、原告に対し、二八三万五一四七円及びこれに対する平成一一年四月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員

3  被告は、原告に対し、二一七万〇一八六円及びこれに対する一一年五月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑦事件)

七九万〇一二五円及びこれに対する平成一一年五月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑧事件)

二五万二〇〇〇円及びこれに対する平成一一年五月二日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑨事件)

三七万三八〇〇円及びこれに対する平成一一年五月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑩事件)

六〇万九三一五円及びこれに対する平成一一年四月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑪事件)

一三万〇一〇〇円及びこれに対する平成一一年五月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑫事件)

七五万六〇〇〇円及びこれに対する平成一一年四月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑬事件)

1  一一万八七〇三円及びこれに対する平成一一年三月五日から支払済みまで年六分の割合による金員

2  一一万六二三五円及びこれに対する平成一一年六月五日から支払済みまで年六分の割合による金員

(⑭事件)

一七万八〇〇〇円及びこれに対する平成一一年三月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員

第二  事案の概要

本件は、原告が、各事件被告に対し、各事件被告が振り出した別紙約束手形目録記載の各約束手形の手形金及びこれに対する満期日から支払済みまで年六分の割合による利息の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は別紙約束手形目録記載の手形(すべての手形を指称するときは「本件各手形」といい、特定の手形を指称するときは「手形1」、「手形2」……という。)を所持している。

2  各事件被告は別紙約束手形目録記載の各事件被告が振出人と記載された各約束手形を振り出した。

3  原告は本件各手形を支払呈示期間内に支払場所に呈示したが、支払いを拒絶された。

4  手形1乃至4、11乃至15は、振出交付を受けた受取人(但し、手形13については受取人から裏書交付を受けた第一被裏書人。)である株式会社司商事(以下「司商事」という。)が東京都江東区亀戸〈番地略〉○○ビル二〇一号室の同社事務所に保管中、平成一一年二月二日午後七時〇五分から翌三日午前六時一四分までに盗難にあった二一通の手形の一部であり、同社の裏書は偽造である。

5  手形5乃至7、16乃至19は、振出交付を受けた受取人である日本コア株式会社(以下「日本コア」という。)が東京都渋谷区笹塚〈番地略〉△△笹塚四階の同社事務所に保管中、平成一一年二月八日午後七時○○分頃から翌九日午前八時四五分頃までに盗難にあった一五通の手形の一部であり、同社の裏書は偽造である。

6  手形8乃至10は、振出交付を受けた受取人である株式会社グランド・ワン(以下「グランド・ワン」という。)が東京都新宿区左門町〈番地略〉××四谷二〇三号室の同社事務所に保管中、平成一一年二月一日午後一一時一五分頃から翌二日午前八時五六分頃までに盗難にあった一五通の手形の一部であり、同社の裏書は偽造である。

二  争点

盗難後に本件各手形を取得した者は、原告を含めていずれも悪意又は重大な過失によって取得したかどうか(善意取得の成否)。

第三  争点に対する判断

一  ブレインズこと丁山四郎(以下「丁山」という。なお、「ブレインズ」ということもある。)の善意取得の成否

1  掲記の証拠等によれば、以下の事実が認められる。

(一) 手形割引計算書兼交付書面(甲三、一六、三七、四二乃至四五)、手形割引人台帳(甲四七)及び株式会社シティズ(以下「シティズ」という。)の梅田支店(以下「梅田支店」という。)の支店長戊川五郎(以下「戊川」という。)の甲一五の一乃至三の陳述書(以下「戊川陳述書」という。)によれば、丁山は平成一一年二月一七日、同月一八日、同月二三日及び同年三月四日に本件各手形の割引を受けていることが認められ、このことと前記争いのない事実4乃至6を併せ考察すれば、丁山は本件各手形の盗難後二週間乃至一か月くらい後に本件各手形を取得したことが推認できる。

(二) 丁山は日時、場所を異にして三ヶ所で盗難に遭った本件各手形を取得しているが、正常な取引によって取得した手形の大部分(甲四七によれば、丁山から割り引いた手形のうち同号証の四通目及び五通目の二通の手形は本件訴訟の対象となっておらず、また、戊川証言によれば、丁山から割引申込のあった手形は本件各手形及び右二通の手形だけではなく、他にも割引申込があったが、振出人の信用度が低く割り引かなかったとのことであるから、この証言を採用し、割り引かなかった手形が盗難手形ではなかったと仮定してのことである。)が、別の日時、場所において盗難に遭った手形であるということは極めて不自然である。

(三) 戊川陳述書及び戊川証言によれば、戊川は丁山からブレインズの請求書の束を見せてもらい、その中からブレインズからグランド・ワン宛の請求書写(甲八)及びブレインズから株式会社畑商会(以下「畑商会」という。)宛の請求書写(甲九)の交付を受けているが、丁七によればグランド・ワンとブレインズとは取引関係はなかったことが認められ、また、後記二3(三)のとおり右各請求書の記載内容には不備、不自然な点が多数認められるから、これらの請求書は、手形取得の原因関係の存在を仮装するために、事実に反して丁山が作成したことが推認できる。

(四) 手形11、手形13及び手形15の三通の手形にはブレインズの前者として株式会社マワリ建装の裏書があるが、乙四によれば同社の手形上の住所である大阪市住之江区新北島一丁目二三―六では同社の商業登記はされていないうえ、乙五によれば新北島一丁目には九番までしかなく、新北島一丁目二三―六は存在しない住所であることが認められるから、同社は実在しないことが推認できる。

(五) 戊川証言によれば、丁山はシティズの電話帳広告(甲五)を見て割引申込をしたとのことであるが、取引活動によって取得した手形であるなら、割引の必要があれば取引金融機関で割引を受けるのが通常であって、優良銘柄の手形であるにもかかわらず、全く取引のなかったシティズに割引申込をしたこと自体不自然である。

また、丁山は、二月一七日及び一八日には年一五パーセントという高率の割引料で割引を受けているが、丁山がシティズに割引申込をする契機になった電話帳広告(甲五)に記載された割引料よりはるかに高率であり、手形の銘柄が優良であるにもかかわらずこのような高率の割引料に応じていることは不自然であるうえ、やはり優良銘柄の手形であるにもかかわらず、二月二三日及び三月四日の割引では年一八パーセント(但し、手形11のみは年一五パーセントである。)の割引料に上がっているのに割引を受けているのはさらに不自然である。

(六) シティズの本店の手形部長である己川六郎(以下「己川」という。)の証言によれば、己川は、梅田支店に対して、割引申込のあった手形の振出人に対する振出確認をすることについて丁山の承諾を得るよう指示したが、梅田支店は丁山の承諾を得られなかったと認められるから、丁山には振出確認をされては困る事情があったと推認される。

2 前記1(一)乃至(六)の認定事実に、本件各手形のうち相当数を占める上場企業振出の手形は受取人又は取引金融機関において満期まで保管されて満期に手形交換に回されるか、満期前に資金化の必要があった場合には取引金融機関で割り引かれるのが一般であって、転々譲渡されたり、取引金融機関以外で高利で割引を受けることは取引通念上異例であることを併せ考察すれば、丁山は正常な取引によって本件各手形を取得したとは認められず、丁山は悪意で本件各手形を取得したことが推認できる。

したがって、丁山に善意取得は成立しない。

なお、手形11、手形13及び手形15の三通の手形にはブレインズの前者として株式会社マワリ建装の裏書があるが、前記1(四)の認定事実によれば、同社は実在しないから、同社が右各手形上の権利を善意取得し、丁山が承継取得したとは認められない。

また、丁山の前に(手形11、手形13及び手形15の三通の手形については株式会社マワリ建装の前に)本件各手形を取得した者がいたとしても、それらの者は丁山よりも盗難時期に近接した時期に取得したと解されるうえ、本件各手形にはそれらの者の裏書はないことから、それらの者も正常な取引によって手形を取得したとは認められず、悪意であったことが推認でき、善意取得は成立しない。

二  シティズの善意取得の成否

1  戊川陳述書及び己川証言によれば、丁山から本件各手形を割り引いたのは商業手形の買い取り及び金銭貸付等の業務を営むシティズ(甲四)であり、原告はシティズの取締役であって(甲二)、シティズは割り引いた手形を原告の名義で取り立てに回していることが認められるから、原告が本件各手形上の権利を有するかどうかは、本件各手形を割り引いたシティズの善意取得の成否(すなわち、シティズの悪意又は重大な過失の有無)によって判断すべきことになる。

そして、シティズは二月一七日、一八日、二三日及び三月四日の四回にわたって割引を行っており、手形1、手形2、手形3、手形8、手形9、手形10、手形12及び手形14の割引は二月一七日、手形4の割引は同月一八日になっているが、これら九通の手形については同時期に割引のための調査、確認がされているので、一七日と一八日を併せて第一回目の割引ということができるので、この二月一七日及び一八日の割引について善意取得の成否を検討する。

2  戊川陳述書、戊川証言、己川陳述書(甲四六)、己川証言及び掲記の証拠によれば、二月一七日及び同月一八日の手形割引に至る経過は以下のとおりである。

(一) 平成一一年二月一五日、丁山から電話にて、梅田支店に対し、シティズの電話帳広告(甲五)を見たといって、手形1、手形2、手形3、手形4、手形8、手形9、手形10、手形12及び手形14の九通の手形並びにその他数通の手形の割引申込があった。

(二) 同月一六日に、梅田支店は、丁山からファックスによって送信された前記各手形の表面及び裏面を本店にファックスで送信し、己川は振出人の信用度を調査するとともに(甲一七、四〇、五二の一及び二)、日手協情報センター株式会社(以下「日手協」という。)等の情報によって盗難届が出ていないかを確認し(甲一〇乃至一二、一八の一及び二、五三の一及び三)、前記九通の手形及び甲四七の四通目及び五通目の二通の手形については問題はないが、その他数通の手形については振出人の信用度が低いとして割り引きはできない旨梅田支店に連絡した。

また、己川は、梅田支店に対し、割引申込のあった手形について商業手形であるかどうか、すなわち取引の裏付があるかどうかを確認すること及び丁山から振出確認をすることの承諾を得るように指示した。

(三) 同日午後、梅田支店の担当者である庚野七郎(以下「庚野」という。)はブレインズの手形上の住所に赴き、同所にブレインズの表札を掲げた事務所があることを確認した。

(四) 同月一七日午前、戊川と庚野はブレインズの事務所を訪問し、丁山に面会してブレインズの事業内容を聞くとともに、商業手形であることを確認するために、ブレインズの請求書の束を見せてもらい、甲八、甲九の請求書写の交付を受けた。

また、割引実行時に、梅田支店は、丁山から国民健康保険被保険者証の写(甲一三)と印鑑証明書の写(甲一四)の交付を受けた。

(五) 同日午前、己川は手形4の振出人である住友建設株式会社(以下「住友建設」という。)に振出確認の電話を入れ、振出の事実を確認したが、電話の相手方からは盗難手形であるとの話は出なかった(甲四八)。

己川は梅田支店から右(四)の調査結果及び甲八、甲九の請求書写の送信を受け、手形4の振出確認の結果と併せて検討のうえ、割引に応じてよいことを梅田支店に連絡した。

(六) 同日午後、丁山は梅田支店に来店して、前記九通の手形のうち手形4を除く八通の手形及び前記二通の手形の割引代金を受領し(甲三、一六、四二)、右一〇通の手形を裏書譲渡した。

手形4については、同時に割引申込があったが、丁山が他への支払いに充てるとのことで一旦割引申込が撤回され、その後再度割引申込があったが、手続が間に合わなかったので、翌日の一八日に割引を実行した(甲三七)。

3  以上によれば、シティズは、丁山の身元の確認、ブレインズの事務所訪問、請求書の確認、振出人の信用度の調査、盗難届の確認及び手形4の振出確認という一連の手順を踏んで、手形1、手形2、手形3、手形4、手形8、手形9、手形10、手形12及び手形14の九通の手形の割引を実行したことが認められ、シティズが悪意で手形割引を行ったとは認められない。

したがって、シティズに重大な過失があったかどうかを検討する必要があるが、戊川陳述書、戊川証言、己川陳述書及び己川証言によれば、シティズにおいては、割引適格のある手形を商業手形に限っており、手形割引の申込があった場合、本店の手形審査部門が手形の振出人の信用度の調査及び盗難届の調査や振出確認を行い、割引申込を受けた営業店は商業手形であることの裏付を確認したうえで(なお、手形割引も与信取引の一種であるから、初めての申込の場合は、手形そのものの審査だけではなく、申込人の信用調査が必要であるといえる。)、本店で割引の可否を決定していたことが認められるので、これらの調査、確認が適切に行われていたかどうかが問題となるが、その前提として、本件割引申込には以下のとおり不審な点が多数認められ、これらによると丁山が権利者であることに疑念を持つべき事情があったと認められる。

(一) 事業を営む者が、電話帳広告(甲五)を見て、取引活動で取得した優良銘柄の多数枚かつ手形金合計額も多額にのぼる受取手形の割引を申し込んだこと自体が不自然である。

すなわち、事業活動によってこのような手形を取得したのであれば、手形金合計額から見て月商一〇〇〇万円乃至二〇〇〇万円くらいあるものと推認されるが、手形の取立委任をしたり割引を受けるために、平素から銀行等との金融機関と取引があるはずであり、全く取引のなかったシティズに、しかも電話帳広告(甲五)を見て、手形割引を申し込んだことは極めて不自然である。

(二) 戊川証言によれば、ブレインズの事務所で、ブレインズの営業実績について、三億円とか一億円の数字が出たようであるが、売上高のことか、所得のことか、利益のことか、また、税務申告上の金額かそうでないのか、必ずしも明確ではないうえ、戊川証言及び弁論の全趣旨によれば、決算書や申告書を示しての話ではなかったと認められ、ブレインズの営業についての求人パンフレットなどの提供もなかったと認められる。

(三) 戊川が確認したブレインズの請求書の束は市販の請求書用紙の控えの部分を切り取ってクリップで束ねたものであって不自然であり(請求書をファックスで送るために切り取ってあったと戊川は証言するが、戊川の推測に過ぎないし、請求先へ渡す原本をファックスで送ればよいから、控えを切り取ってファクスで送ることは考えられない。)、また、甲八の二枚目の請求書の金額には明白な計算違いがあるうえ(人件費として六四万五〇九三円とあるが、正しくは六四万五〇〇〇円であることは明らかである。)、甲八、甲九には消費税の記載はなく、いずれも通し番号も記載されていかなった。

さらに重要なことは、甲八の二枚目の請求金額二一七万〇一八六円は手形10の手形金額と、甲九の請求金額二〇万二七五〇円は甲四七の四通目の株式会社穴吹工務店振出手形の手形金額とそれぞれ一致していることであって、回り手形の手形金額と請求書の金額が一致することは常識では考えられず、それも二件の請求先について同時に起こっているのであるから不自然きわまりない(己川は回り手形の手形金額に合わせて請求書を出すこともあると証言するが、にわかに採用し難いうえ、己川も当時はこの点に気付いておらず、気付いていれば調査を指示したと思うというのであるから、異例のことには違いない。)。

戊川はブレインズのグランド・ワン宛の請求書三枚の写(甲八)の交付を受けているが、二枚目の請求書は手形10に対応するものと解されるが(但し、対応し過ぎて請求書の金額と手形金額が一致していることが不自然であることは前記のとおりである。)、一枚目と三枚目の請求金額は株式会社マックハウス振出の手形8、手形9の手形金額よりはるかに少額であるから、これらの手形の取得の原因関係たる取引に関するものとは認められない。

(四) 甲四、甲五のシティズの広告によれば、上場企業振出手形の割引料は年七%乃至九%と記載されているが、本件では、上場企業でも年一五%(後には一八パーセントに上がっている。)と広告と相違した高率となっているのに、丁山が割引を受けたのは、金利に対する事業者の感覚からすれば不自然である。

(五) 己川証言によれば、丁山は手形の振出確認をすることについて承諾しなかったと認められるから、丁山には振出確認をされては困る事情があったと推認される。

4  しかるに、戊川証言及び己川証言によれば、梅田支店及び本店(手形審査部門)の行った調査、確認は以下のように不十分なものであった。

(一) 梅田支店の行った調査、確認

(1) 戊川はブレインズの請求書の束を繰って一瞥したものの、割引申込のあった手形の手形金額や裏書人と照合して確認することはしなかったというのであるから、商業手形であるかどうかの確認としては極めて不十分である。すなわち、請求書の束があることからブレインズが営業活動をしていることは認められても、割引申込のあった個々の手形が商業手形であるとは当然にはいえないから、各手形の取得の原因となった取引に関する請求書を確認する必要がある。

しかるに、戊川が裏付を確認したのは手形10と前記株式会社穴吹工務店振出手形の二通だけである。しかも、戊川証言によれば、これとても戊川が請求書と右各手形と照合して確認したものではなく、丁山から交付を受けた請求書の写が、結果的に右手形二通に対応するものであったというものである。

また、丁山から割引申込のあった手形の中で司商事が最終裏書人となっている手形が六通もあり、その手形金合計額は約八〇〇万円になるにもかかわらず、戊川はブレインズの司商事宛の請求書も確認していない(戊川は司商事宛の請求書も見たと証言するが、見ていれば写を徴求したはずであるから、右証言は採用できない。)。

(2) 戊川は、甲八の二枚目の請求書の金額には明白な計算違いがあること、甲八、甲九には消費税の記載はなく、いずれも通し番号が記載されていないこと、甲八の二枚目の請求金額と手形10の手形金額が一致し、甲九の請求金額と前記株式会社穴吹工務店振出手形の手形金額が一致していることに何らの疑念を抱かなかったし、甲八の請求書のうち一枚目と三枚目のものはその請求金額から株式会社マックハウス振出の手形8、手形9の取得の原因となる取引のものとは考えられないにもかかわらず、この点について調査を尽くしていない。

(3) 戊川は、電話帳(甲六)、事務所の存在及び請求書の束によって、ブレインズが営業している事実を確認しているが、ブレインズは人材派遣業を営んでいるというのであるが、労働大臣の許可(一般労働者派遣事業の場合)又は労働大臣への届出(特定労働者派遣事業の場合)の有無を確認していない。

(4) 初めての取引相手であり、かつ多額の割引申込であるにもかかわらず、ブレインズの決算書や税務申告書の確認はおろか、求人パンフレット等の事業内容を示す書類を全く確認しておらず、ブレインズの事業内容、実績の調査及び信用調査を行っていない。

また、戊川は、丁山から名刺ももらっておらず、ブレインズの代表者が丁山であることも確認していない。したがって、丁山から国民健康保険証の写(甲一三)と印鑑証明書の写(甲一四)の交付を受けているが、丁山の身元確認に過ぎず、丁山がブレインズを経営していることや丁山の信用調査をしたとはいえない。

(5) 丁山から割引申込のあった手形の多くは振出人が上場企業かそうでないとしても優良企業であるが、そのような手形は低い割引料で銀行等で容易に割引を受けることができるはずであり、また、事業活動によってこのような手形を取得したのであれば、手形の取立委任をしたり割引を受けるために、平素から銀行等の金融機関と取引があるはずであるが、戊川はブレインズの取引金融機関及び取引状況について何らの調査をしていない(戊川は銀行の枠がないのではないかと思ったと証言するが、同人の推測に過ぎない。)。

(二) 本店(手形審査部門)の行った調査、確認

己川は日手協等の情報で盗難届が出ていないことを確認しているが、己川も認めるように、手形が盗難に遭った場合に日手協に届けるということは周知になっているわけではなく、日手協に届けてもその情報が掲載されるまでには相当のタイムラグがあると認められ(ちなみに、日手協ではないが、甲12によれば、平成一〇年一二月二七日の盗難の情報が(社)福岡県貸金業協会によって通知されたのは翌年の二月一九日である。)、そのためもあってか、己川も手形金額の最も大きかった手形4については振出確認の電話をしたと解されるが、己川証言によれば、梅田支店に対して振出確認について丁山の承諾を得るように指示したが、承諾が得られなかったので、正面から振出確認をすることができず、そのために、甲四八のように、自社の社名も名乗らず、割引申込があったともいわずに、支払期日の数字が見にくいという理由を作って間接的に振出確認をしたというのである。

そして、甲四八によれば、振出人側は結果的には振出を認めた格好になっているが、このような曖昧な照会であれば、振出人としては仮に盗難の事実を知っていたとしても告げないことも十分考えられ(振出人としては、取引先である受取人の信用にかかわることであるから、受取人が盗難に遭ったことを不用意には他言しないと解される。)、このような照会では、手形振出の事実自体は確認できたとしても、受取人が盗難に遭ったかどうかの回答を期待するのは困難といえる。

また、己川は、割引申込のあった手形は多数枚にのぼっていたので、サンプルとして最も金額の大きかった手形4について振出確認をしたと証言するが、手形金額の点からいえば株式会社マックハウス振出の手形は三通で手形金合計額は七〇〇万円を超えているうえ、梅田支店からファックスで送信された甲八によると手形10に対応した請求書はあるものの(但し、請求金額と手形金額の一致という不自然な点がある。)、手形8、手形9に対応する請求書はなかったのであるから、同社にも振出確認をすべきであった。ちなみに、甲四九によれば、己川は割引実行後の平成一一年三月一一日に同社に振出確認の電話を入れているが、電話の相手方はグランド・ワンが盗難に遭ったことを告げており、割引実行前に振出確認していれば盗難手形であることが判明したと推認される。

また、梅田支店から送信された甲八、甲九の請求書写だけでは、せいぜい手形10と前記株式会社穴吹工務店振出手形の裏付確認しかできず、しかも、丁山から振出確認に対する承諾を得られなかったことも併せ考えれば、手形の裏書人に照会することも考慮すべき案件であったといえ、特に司商事が受取人である手形は六通もあったうえ、梅田支店からはブレインズと司商事の取引についての資料は全く送ってこなかったのであるから、司商事に照会することも考慮すべきであった。

しかるに、己川は、住友建設以外の振出人に対する振出確認もせず、梅田支店にブレインズと司商事の取引の調査の指示もしていないし、司商事に照会することもしなかった。

その理由は、己川証言によれば、手形金額の割に手形の枚数が多かったこと及び同業者との競争上急がなければならなかったということであるが、前者の理由については住友建設振出の手形4以外にも、手形2、手形3、手形8、手形9及び手形10も一〇〇万円を超える手形金額であり、決して少額とはいえないし、後者の理由については、丁山が権利者であることに疑念を持つべき事情があったから理由にもならないし、振出確認及び裏書人に対する照会は電話又はファックスで容易に行えることであり、手形取引の迅速性を害するとは認められない。もし、その時間もないような急ぎの割引申込であったとすれば、そのように急ぐこと自体が不自然というべきであって、かえって慎重に調査すべき契機となるはずである。

5 以上の認定によれば、シティズは金融を業とし、手形割引のために本店に手形審査部門を設け、本店及び営業店での調査、確認を経て割引の可否を決定していることに鑑み、一見の客が多数枚かつ多額の優良銘柄の手形の割引を申し込んできたという案件の調査、確認としての適否を検討すれば、梅田支店は丁山乃至ブレインズの金融機関との取引状況の調査その他信用調査(一見の客からの初めての割引申込であるから、この点の調査は欠かせないといえる。)も行っておらず、商業手形であることの裏付確認の結果が甲八、甲九の請求書の写二通を取得したというだけであっては、不十分といわざるを得ない。また、本店(手形審査部門)としても、梅田支店に対して商業手形であることの裏付を再調査させるか、そのような指示をしないのであれば、すべての手形の振出人に振出確認をするか裏書人に照会すべきであって、再調査の指示もせず、梅田支店の不十分な調査結果を鵜呑みにした調査、確認しかしておらず、本店(手形審査部門)及び梅田支店のいずれについても業務上要求されている調査、確認を尽くさなかったといわざるを得ない。

したがって、シティズには重大な過失があったといえる。

なお、甲五〇によれば、己川が割引後に手形3の振出確認を行ったところ、電話の相手方は司商事が盗難に遭った手形であることは説明しなかったから、振出確認をしたとしても盗難の事実が確認できない場合もあると認められ、振出確認の有効性に限界があることは否定できない。しかし、梅田支店が丁山乃至ブレインズの信用調査を十分行い、商業手形であることの裏付調査を十分にしていれば丁山が手形を所持する理由がないことは容易に判明したと認められ、また、本店(手形審査部門)が梅田支店の調査結果を鵜呑みにせず、すべての振出人に振出確認をするか(前記のとおりマックハウスに振出確認していれば盗難手形であることが判明したと推認される。)、六通の手形の最終裏書人となっている司商事に照会していれば盗難手形であることは容易に判明したと認められるから、甲五〇の振出確認の結果は重大な過失があったとの認定を左右するものではない。

したがって、二月一七日及び一八日の手形割引について善意取得は成立しない。

6 そして、二月二三日及び三月四日の手形割引については、丁山は、割引料が一五パーセントから一八パーセントに上がっても、引き続き優良銘柄を含む多数の手形の割引を申し込んできたことから、丁山が権利者であることについてに疑念を増す事情はあってもその逆の事情は認められず、また、戊川陳述書、戊川証言及び己川陳述書及び己川証言によれば、本店(手形審査部門)及び梅田支店のいずれも、二月一七日及び一八日の手形割引のときの調査、確認以上には何らの調査、確認をしていないから、シティズには重大な過失があったといえる。

したがって、右両日の手形割引についても善意取得は成立しない。

7 結局、シティズに本件各手形の善意取得は成立しない。

三  原告の権利取得

シティズに善意取得は成立しないから、本件各手形の取立名義人であり、シティズの取立部門にすぎない原告が本件各手形上の権利を取得したとはいえない。

第四  結論

以上によれば、原告は本件各手形上の権利を有するとはいえないから、原告の請求はいずれも理由がない。

よって、主文掲記の手形判決をいずれも取り消し、原告の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官田中義則)

別紙約束手形目録〈省略〉

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